おはよう

2021年の12月22日に大好きなバンドが横浜アリーナ公演をもって活動休止をした。

所属するグループの解散を約1年と目の前にした彼女は活動休止の理由を「解散に向けてグループに集中するため」とした。

理由はしっかりとした誠実なものだし応援したいものだったけど当時の私は活動休止の日が来るまで受け止めきれずにいた。

どんな気持ちで活休前最後となるライブを観ればよかったんだろうか。今も考える。

ライブは終始泣きっぱなしで、今も思い出せる視界は全てぼやけたものである。

心の整理が何一つつかないまま迎えた日だった。

当時のわたしを支える全てだったから。お別れするのが寂しいというよりかは怖かった。事実、その日以降のわたしの生活や心はかなり沈んだ。

と言っても否が応でも生活は続くものだ。なし崩し的になんとか時間を過ごした。

それから自分の生活にも色んなことが起こったけど、その度にお守りのようにお決まりのアルバムを聴いた。聴いては聴いては眠れず朝を迎えたり、泣きながら通勤したりしたり、真っ暗な部屋の中で張り裂けそうな心に蓋をした。

正直言って休止をいつ受け入れられたのはわからない。今も、受け入れきれていたのか、そう問われるとはっきりとした答えが見つからなくはある。といったところだろうか。

 

そんな日々に「おはよう」と光が差した。4月某日、再始動を告げるメールが届いたのだった。

私はこの日からずっと体の中のどこかで動いていなかった器官が動き始めたような気がした。

とにかく嬉しかった。死んではならない理由が増えた。

 

2023年6月30日。色んな気持ちを抱え、新代田FEVERへ。揃いのTシャツを着た人々の列に私も加わり新しいグッズを購入した。

開演までずっとフワフワした気持ちだった。朝起きてから歯磨きをしてる時間も片道2時間半の電車もグッズを買ってる時もなんだか現実味が伴っていなかった。気持ちを落ち着かせるため持参した本を読み、開演までの時間を過ごした。会場で流れていたSEはどれも聞き覚えのある歌だった。この空間も、思えば久しぶりだったなあ。PEDROのライブ前のSEはいつも私の知っている歌だった。確か、活休前最後の横浜アリーナでやった時のSEは落日飛車だったっけ?Noa Malだったっけ?今思い出せるだけで4曲くらいのサビが頭に流れてくる。活休前最後のツアーの時のSEは落日飛車のbossa novaってアルバムだったと思うなあ。I know you know I love you って歌の「アイラビュ〜アイラビュ〜アイラビュ〜♪」って優しい響きを今でも覚えてる。ライブ前のあのなんとも言えない緊張感を優しくほぐしてくれた記憶はがある。今でも好きな歌だ。

 

そんなことを思い出しながらだといつも読んでる本もページを捲る手が遅くなった。あまり集中できないまま開演10分前になり、楽器の最終チェックやらスタッフさんのお話などありつつ、開演時間を迎えた。

 

整理番号はそこそこ良かった方で、立ってた位置は下手の前から4列目あたりだったけどメンバーが登場するや否や、後ろからの圧縮がかかり運悪く周りが背の高い男性ばかりだったため80%だった視界が10%ほどになり、ベースはおろか彼女の顔から下は全く見えなくなった。コロナが5類移行になってからのオールスタンディングのライブ自体が初めてだったのでかなり久々の圧縮に最初の5分か10分くらいは戸惑いながらもなんとか視界に彼女の姿を捉えようと背伸びをし続けた。前の人がパーマを当ててなければ…とか思いつつ、デザインパーマが少し揺れると覗ける彼女の顔を祈りながら目で追い続けた。

 

「活動休止が決まってから書いた歌です」と横浜アリーナで教えてくれたあの歌から始まった。この歌に何度励まされただろう。いつから泣いていたのか、いつのまにか涙が止まらなくなっていた。感情の把握より先に心が何かを察知して泣いているんだと思った。PEDROのライブではこういう涙を流すことが多かったことを思い出した。

少しアレンジが変わっていて新鮮だった。歌い方も少し変わっている箇所があったりして。時速36kmの仲川さんの、ライブになると歌い方に毎回アレンジが入っちゃうやつを思い出したりして。たぶん意図せず歌詞を変える結果になってしまったところもあったと思うんだけど、本人は結構気にすると思うんだけど「そういうのも、新鮮でライブらしくて良いじゃないですか、思っているより悪くないから安心して」と言ってあげたかった。そういう気持ちだった。

正直、活休前の演奏と比べると劣ってみえる部分はあったけど、7年間全てを捧げて突っ走ってきたグループの解散から昨日の今日で、今ベースを持ってステージに立っているわけで。

同情するわけでなく、そんな強い人間である必要はないと思う、ということを私は言いたい。そこまで強くなってしまったら私は逆に心配になるかもしれないな。どこまでも完璧になられてしまったら。人はみな、弱さを抱えて生きているのにそこまで逞しくなられたら、寂しく思う。

それでもステージに立つ彼女の姿は私の目には充分逞しく見えた。途中頭を抱えそうになる姿はあの頃と何も変わってなくて、それでも前を向いて力強い歌声でこちらに届けようとする姿勢はより一層力強さを増したように感じた。

途中、休止していた2年間を3年間と言い間違える場面があったけど、間違いではなく、彼女にとってはそれだけ怒涛の日々の連続だったのだろうと思った。時間の流れ方や1日の速度は私なんかが想像できるようなものではなかっただろう。だからあの時出た「3年間」というワードはそういう意味では正直な言葉だったよね。

一曲一曲ごとに思い出す記憶があって、この曲たちと生きてきた事実を実感していた。過去がちゃんと今に繋がっていること、振り返らないようにしていた過去たちが急に愛おしく思えた。あの日々も愛おしい日々の欠片なのだと目の前で歌うアユニちゃんの姿を見て、そう思った。目を閉じても開けてもそこにはベースを弾くアユニちゃんがいて、どうやってもそれは現実で、嬉しくてたまらなかった。また一つ何か報われた気がした。

 

「魔法」と「安眠」は特に支えられた歌だった。

どうしても生きていたくなくて暗い部屋で泣き通した夜や枕元に携帯を置いて歌を流して眠りについていた日々を思い出した。得体の知れない苦しみに覆われ張り裂けそうな心を宥めてくれたのはいつも「魔法」だった。「あなたは死なないわ」アユニちゃんがそう歌ってくれるだけでなんとなくまだ死なずに済むと思った。私にとって不思議な力で守ってくれる頼りになる魔法の歌だった。

それがまたこうやって聴けて、感無量というか、一緒に生き延びたんだと、やっと思えた。さらに頼もしい歌に聴こえた。

以前は寝れない夜に苦しんでいたけど今は寝るのに必死になっているという睡眠に対する変化のMCを挟んでから始まった「安眠」はあの頃よりどことなく爽やかに聴こえたのは何故だろうか。私も最近やっと夜ちゃんと寝れるようになってきて、悪夢も前ほどは見なくなった。そんな自分の変化が関係しているんだろうか。そんなことを思った。好きな歌詞はずっと好きだなあ。何度も同じフレーズを噛み締めて涙を拭いたなあ。アユニちゃんの音楽が私を生かしてくれていたんだなあとつくづく思った。「足らないとこも素敵よ綺麗よ、欠けてる月が綺麗なように」と月を見上げてまだ踏ん張れるはずだと私に何度も思わせてくれたね。私には励まされなかった歌詞なんかないんだ。全てを包み込んでくれたのがPEDROの歌だった。ほんとにほんとに救われてたよ。

こうやってまた会えて幸せだね。と思う気持ちと、また一つ何か乗り越えられた気がして、頑張ったよね私たち。と思った。

その他にもたくさんたくさん書きたいことはあるけど、とりあえず芯のところは書けたかな。という気がするので今夜はここら辺で。

 

私服(多分)でライブしてるのめちゃくちゃ良かった。

私は確認できなかったんだけど、裸足で演奏してたっぽくて、少しその映像を観たけどかっこよかった。その姿勢がね、逞しかったよ。

新曲の歌詞が数日経った今でも頭の中で反復してる。飛んでいけ、穏やかな空気を纏っている曲だったなあ。印象的な歌詞がたくさんあって聴いててワクワクしたなあ。手紙、ギターリフがかなりかっこよくてすぐに引き込まれた。1サビの最後に目線が合った?気がしたりしたんだけど、鋭いあの目つきの再来に痺れつつも、懐かしくて涙が出た。ただただ嬉しい時間だった。

これであの日々と今がやっと繋がったように思う。感謝でいっぱい。君の存在で救われた一人の人間がいることをどうやったら伝えられるんだろうね。花束の一つも送れなくて。

また会えるように日々を精一杯生きていくしかないんだろうなあ。目と目を合わせて「ありがとう」を伝えに行くしかないんだろうなあ。

私の生存に君の存在が必要不可欠なこと忘れないでほしいな。

嬉しい1日だった。

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