現実をどんな目で見つめるかということ

また次の日の朝になっちゃったけど、今起きて15分でまだ頭がぼーっとしてるけど書く。昨日も仕事。朝まで起きてたりするとその日の夜は長く眠っていられるから悪いことばかりではないな。私は暮らしの中で急に全部が怖くなってきたり全部が無意味な気がしてきたりしてすぐ絶望してしまうけどここ半年くらいでそれがほんの少しだけ良くなったと思う。頭に浮かんでくる人がいる。ひとえにその方のおかげだな。本も映画も好きだけどやっぱり音楽。音楽と手を繋げる人になれてよかった。愛おしい記憶は私を助ける。思い出に助けられるってここ2年くらいでちゃんと知ったし体感してる。悔しいけどどうなってもやっていくしかない。生きるなんてどうせ死ぬまでの暇つぶしだ。人類史にしてみれば私の生存なんてほんとにほんとにちっぽけなものだ。恐らく私が死んでからの方が私が生きてた時間よりずっと長い時間地球は続いていくんだ。生まれた時点で既にもうかなり儚い。どうせなら行けるところまで行ってみたいよね。何度だって死にたくなるけど。願わなくても人はちゃんと死ぬし。人生ってどうしても今に囚われ続けることだから私のこういう日もまともなんだって。まともなことなんだって。足んないところも素敵で綺麗だってさ。呆気なく救われちゃって悔しいな。けど素直が1番可愛いし、意地でも明るいことやってた方が絶対に良いって好きな女の子が言ってた。救いや愛を信じていると楽しいよ。たぶん。私は信じてる。死にたいのに。死にたいのなんてずっとだよ。でもそれを忘れてた時もあるから。まだまだ私は良くなっていける?私が今死んだら「死のうと思ってた人間が毎日ブログをつけるでしょうか?」って言わちゃうかな。1日100ツイートしたいかも。アユニちゃんに会いたいかも。かもじゃないかも。最近髪切って姫毛つくっててもうほんとかわいい。もしかしてこういうこと書いてる方が私っぽい??ブログ 終わり方 検索